イ・サン 第74話「最後の肖像画」

今回のイ・サンは「心を結ぶ」

ヒョイ(孝懿)王妃が懸命に仏に向かって、ソンヨンの病が治ることを祈願しているお寺の外に恵慶宮(ヘギョングン)の姿もあり、一緒にお祈りにきたのがわかる。史実でもヒョイ(孝懿)王妃は王族としては珍しく(!)優しい王妃様だったと言われているので、ドラマのようなことをするのも納得性はあるのだけど、恵慶宮(ヘギョングン)は本当のところはどうなんだろ?と斜めに考えてしまう。イ・サン 第3巻—韓国ドラマ・ガイド の86ページに恵慶宮(ヘギョングン)の自叙伝「閑中録」が紹介されている。その紹介によると結婚して、夫であるサド(思悼)世子(セジャ)が英祖により米びつに入れられ死亡、息子である正祖が即位すると恵慶宮(ヘギョングン)の実家である洪(ホン)家が老論派の中心であったので粛正の対象にされ、正祖亡き後は貞純(チョンスン)大妃(テビ)による一族の粛正の嵐が降りかかることになる。

そんな死をたくさん見つめてきた恵慶宮(ヘギョングン)が側室であるソンヨンの病が重いとはいえ、ドラマのようにお祈りするかなと斜めに考えてしまう。なにしろ、夫であるサド(思悼)世子(セジャ)が英祖により米びつに入れられているのを内心はどうあれ、政治的な配慮で傍観していたお人です。まあ、今回のソンヨンの場合はどの派閥の裏付けもありませんから、政治的なこと抜きで思ったまま行動できる環境にあるということなのでしょうね。

イ・サン DVD-BOX VI B004GSP0T8

ソンヨンを悲しむ人

幼いころにイ・サンと手を取り合って宮中を飛び出して英祖を追いかけた冒険の途中で怪我をしたソンヨンの腕を縛った紐が二人をつないでいたのですね。イ・サンはあの時からソンヨンにムネキュンだったんですね。

イ・サンは朝鮮中の医者を探すだけではなくて、西洋の医者まで連れてこようと努力する。可能性があるならとにかく、手を打ってアクションへとつないでいく。イ・サンのあきらめない努力に比べてソンヨンの淡白な病への抵抗ぶりが気にかかる。もっと、頑張らないと病に勝てないぞと「チャングム」の声が聞こえてきそう。

そんなソンヨンもイ・サンの熱い想いを受けて、イ・サンの御真影を描くことに。病人がそんなことしていいのかな・・・。

ひるがえってテス。ソンヨン一筋にかなわぬ想いを胸に秘めて、イ・サンの清へ西洋の医者を連れてくるミッションを実行。いやー、そんなに簡単に見つかるものだろうかと突っ込みつつ見る。ここはテスのソンヨンを想う気迫で医者を見つけるということにしておこう。

そして、ソンヨンは風に飛ばされたイ・サンから貰った紐を探している途中で倒れる。イ・サンの腕の中で看取られつつヒャンの元へ先に行くソンヨン。イ・サンの心とともに。

遷都

イ・サンはソンヨンを失った悲しみを仕事でまぎらわすかのように政務に没頭。この象徴があの眼鏡かな。一部政府の機能を水原へ移すことを発表したイ・サン。既存の利権集団である老論派への宣戦布告。明確なビジョンを描きそのビジョンへ突き進む、どこやらの国の最小宰相には欠けている能力を全開にして発揮する。

貞純(チョンスン)大妃(テビ)との一大決戦がどのように描かれるのでしょうか。どうも、歴史というのは長く生き残った方が勝者として描かれやすいからイ・サンの戦いをどのように描くのかが非常に興味のあるところです。

コメント

  1. kyomaiko より:

    この回は、ちょっとウルウル来ました。
    ソンヨンかわいそうな最後でした・・・。
    水原華城は、イ・サンによって作られたのですね。
    初めて知りました・・・。
    結局、遷都はできなかったのですね。
    王が亡くなったために、遷都ができなかったと
    言うことですが、暗殺されたのですか?
    次回、明らかになるのでしょうか。
    もし、遷都されていたら、今のソウルは
    どうなっていたのでしょう。

タイトルとURLをコピーしました