韓国ドラマ「七日の王妃」の燕山君とは何者? その2

韓国ドラマ「七日の王妃」に登場する慈順大妃ですが史実でも存在している。
史実では燕山君は幼くして実母を亡くしたために慈順大妃を本当の母親と思って育ったけどあまりなつかなかったそう。
慈順大妃も自分が追い出した女の子供である燕山君を可愛がるようなことはしなかったらしい。
慈順大妃の実の子供であるイ・ヨク/晋城大君の方を可愛がったというのはまあ致し方ないことでしょう。

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成宗は1483年に燕山君を世子に冊封する。燕山君が7歳の時。
イ・ヨク/晋城大君が生まれるのが1488年だから慈順大妃が反対だったけど対立候補が存在しないので無理筋。
ドラマでは明確な表現はなかったように思うけど、燕山君と晋城大君は12歳離れているんですね。

燕山君が世子に冊封されたのが1483年。燕山君の実母である尹氏が死を賜ったのが1482年。タイミングが近いですね、
燕山君が世子に冊封されそうだという話が出ると廃妃尹氏の同情論が宮中で沸き起こる。これは燕山君の実母は実は廃妃されたということが明るみに出ると王様となった燕山君より処罰されるのではないかということを恐れてのもの。あくまでも自己保身のための政治的な行動。

この動きを良しとしないのが慈順大妃などのアンチ尹氏一派。
様々な誹謗中傷を成宗に告げ口し挙句の果てに尹氏は今でも反省の色なしというリポートを成宗に上げさせて賜薬させるように仕向けることに成功するというもの。

こんなことを燕山君が知ったら激怒するのは当たり前だよね。

まだまだ続く

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