トンイ 第45話「募る恋しさ」

「身分ではなく、能力」という言葉が今回出てきましたが、イ・ビョンフン監督の作品では「宮廷女官チャングムの誓い」でも同じようなテーマが扱われていましたね。おそらく、現代の韓国でも能力ではなく派閥などがはびこっているのではと想像しています。

実録! 朝鮮王朝物語 「トンイ」から「イ・サン」編
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二つの出会い

クムが父親である粛宗に会いたい一心で賤民の子供たちに交じって宮殿に潜入して、会えたのは粛宗ではなく世子と張禧嬪というのは今後を暗示しているエピソードなんだろうか? そして、世子が現在の張禧嬪とは心根が違う全く優しい子供。張禧嬪の本質も優しい心を持っているから世子が優しい子供に育ったということなのでしょう。

宮殿では粛宗に会えなかったクムが偶然に泣いている声を聴いた粛宗がその音を探すことにより出会う。その後、塾の前でクムと粛宗は出会う。これは粛宗が狙って出会いを演出したものでしょう。粛宗は王であることを隠して漢城府の判官であると偽ってクムに自己紹介する。級友の仕掛けたいたずらをクムに教える粛宗。級友たちに逆襲してクムと粛宗は逃げるが途中で疲れたと音を上げる粛宗・・・。

全てが粛宗がトンイと出会った時をなぞらえたエピソード。トンイとの出会いの方が劇的でロマンチックでしたけどね。

  1. 泣き声⇔ヘグムの音
  2. 級友から逃げる⇔暴漢から逃げる

とクムとの出会いはやや劇的というほどではないが6歳の子供では仕方ないか。

病弱な王子と賢すぎる王子

世子の診察を主治医にはさせない張禧嬪。実はこのままだと世継ぎを授かるのが難しい体。世子の地位を維持するために隠し通す張禧嬪。一方のクムは「小学」を既に理解して「中庸」と「大学」も独学で読破ししていた。この賢さが張禧嬪に知られるとクムが危険にさらされることにトンイたちは思い至る。賢さは危険と隣り合わせという訳。しかも、世子が病弱と会ってはいくら在野の王子であっても世子の地位を脅かす可能性があるため「能ある鷹は爪を隠す」ということをしなければならない・・・が、しかし。

公式ガイドブックによれば、「小学」は儒学の入門書であり、「中庸」や「大学」は科挙の試験に出題されるほどのレベルの高い書とのこと。クムが後の英祖だから、頭の良さは当然という感じかな。

身分を偽った粛宗とクムとの関わり合いが次回のメインテーマかな。

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