ソン・ヘギョさんがファン・ジニ役を演じたファン・ジニ 映画版の原作を読んでいます。まずは上巻を読み終えましたので、そこまでのレビューを書きます。
ホン・ソクチュン
朝日新聞出版
¥ 1,575 (定価)
¥ 1,575 (Amazon価格)
なし (Amazonポイント)
単行本
在庫あり。
(価格・在庫状況は12月18日 15:31現在)
ファン・ジニ 映画版はレビューでも書きましたが正直期待していたのに見事に裏切られた感想を持ったので、原作についてもあまり期待せずに読みはじめました。ところが・・・・・面白い!!
面白さの理由は、
映像と文字という表現方式の違い
ファン・ジニは多くの男性をとりこに—-お坊様まで—した類まれなる知性と美貌を兼ね備えた女性。これを映像で表現しようとすると知性はシナリオや演出で表現可能ですが美貌の方は単なる美しさだけなら何とかなりますが、絶世の美女となるとかなり難易度が高い。おそらく観客全員が納得するような絶世の美女なんて無理。ところが小説なら映像がないことが利点となって読者の空想力(妄想力?)をかきたてられる文章力があれば可能なので難易度は映画よりも低い←と書くと小説家の方から簡単に言ってくれるよなーとお叱りがきそうだが。
たとえば小説の中で、深窓のお嬢様であったファン・ジニを運よく観ることができた若い男の口を借りて、
「見た目がきれいなのを絶世の美女というんでしょうが、あのお嬢様には美しいとか、きれいだとか、そういう言葉は似合わないんですよ。美人というなら、むしろお嬢様の侍女の方が息を呑むほどきれいだ。(中略)光がまぶしいというのと、きれいだっていうのは違うでしょう? ええい、何と言ったらいいのやら」ファン・ジニ 上 33ページより引用
これを読んだ男性は自分の経験やらなんやらを重ね合わせて自分のファン・ジニ像を頭の中で創り上げることでしょう。私は手っ取り早く、ハ・ジウォンさんのファン・ジニ姿が浮かんできましたが。ソン・ヘギョさんご免なさい。
以下、ネタバレ
「ファン・ジニ 上」は少女漫画の世界
高貴な生まれの深窓の娘ファン・ジニ。だれもが一目見ると息を呑む美しさ。ファン・ジニは会ったこともない漢陽の婚約者のことに思いをはせて星空を見ながら語りかける愛に夢を持つ少女であった。チニには厳しい母親、尊敬すべき亡き父親、口やかましいが優しくチニを見守ってくれるお付の婆やヒョドクと身の回りの世話をしてくれる侍女のイグミがいて、幼馴染で腕っ節の強い黄家の執事ノミがいて何不自由ない生活をしていましたとさ。
ところが尊敬すべき父親と思っていたのが母親から明かされた実像は女と見れば誰彼かまわなく手を出すだらしない男。実はチニは父親と母親の侍女ヒョングムとの間で生まれた娘。世間体を守るため母親が実の子として引き取りヒョングムを追い出したのであった。だから、母親はチニには母親らしい優しいことは一切せずに住まいも離れに住ませていたのだった。
幸せな生活から一転して奈落の底へ突き落とされるような立場の激変ぶりが少女マンガを彷彿とさせます。(ただし、私の少女マンガの知識は30年以上前の知識ですが)
クライマックスの喪輿
テレビ版のファン・ジニではウノの葬式のとき牛車が松都教坊の前でぴたりと止まってしまいいくら押しても動かないというシーンがありました。ファン・ジニ 小説版ではチニに恋焦がれて死んでしまったトボギの喪輿担ぎたちが嫌がらせでチニの家の前で”ぶらんこ”のように喪輿担ぎたちが前へ進んだり後ろへ行ったりするというもの。つまり、なんらかの袖の下を渡さないと延々と嫌がらせするために家の前から動かないというものです。映画ではこのあたりがさっぱりと説明なかったので全然盛り上がらないなーテレビ版の方が泣けるぞと思ったものでした。
さらに、この喪輿担ぎたちの騒ぎの前にチニは母親から出生の秘密を打ち明けられており、すでにその時点では黄家の下男下女含めて全員知っており、さらに町の物たちの知るところにもなっているという状況。ファン・ジニは両班の娘から奴婢の身分へ転げ落ち、野次馬たちの好奇の眼に嫌でもさらされるというシチュエーションが作られている。
そんな、普通の世間知らずの深窓のお嬢様であったら、絶対泣き伏してどうしていいかわからない状況であって不思議ではないのにファン・ジニは喪輿担ぎたちと野次馬が集まっている家の外へ出るのでした。そして、チニは気丈にも死んだ若者の棺に赤い花模様の長いチマをかけて覆う。そして、若者の棺に向かって来世の契りを約束する言葉をかける。周囲は凍りつく・・・・。
ファン・ジニ(上)のクライマックスです。チニの決意にも似た行動に熱くなってしまう部分です。
ファン・ジニ(上)ではファン・ジニが両班の娘から奴婢へ転落してキーセンになる手前まで描いています。お勧めの一冊です。

コメント